京紅花ストーリー
シルクロードの歴史花、紅花
紅花は遠くエジプト原産で、ピラミッドの王の棺や、ミイラを包んでいた布に染められています。
中国の紫禁城の皇帝の棺からも出てきています。5000年前から、シルクロード7000キロを経て日本に伝わってきました。
奈良の正倉院にも紅花染めの布が保管されています。
平安時代、貴族がこぞって身にまとった、紅絹(もみ)の紅は紅花染めです。
江戸時代には、都でとても高く売れたので、最上紅花が貴重な品とされ、紅花長者が出来るほど金と同じ価格 で取引されていました。
京都の舞妓さんの口紅は京紅とよばれて、今でも大切に使われています。
また、紅花には多様性があり、優れた抗酸化作用がある為、染料、化粧科ばかりではなく、食材としても 生薬、漢方薬として、古くから用いられてきました。

紅花と菅原道真公のゆかり
菅原道真公は栄案時代の貴族、学者、漢詩人、政治家であり、官位は従二位、右大臣、贈正一位・太政大臣・中臣として名高く宇多天皇に重用されて寛平の治を支え、醍醐朝では右大臣にまで昇り、その後政略により大宰府に左遷されました。
その折、道真公の九男、滋殖が現在のシガケン長南市長南町三途台に移り住み、長南次郎と名のりました。
その時持参したのが、後に
房総の特産品となったのが紅花なのです。
長南超の長福寺は延暦17年(798年)桓武天皇の勅願により伝教大使が創建した古刹です。
織田信長の比叡山焼き討ち後、比叡山の再興は長福寿寺から送られた支援の木材が重要な役割を果たしました。




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